イベントレポート  名古屋 詩のあるからだ15周年「元服」 by 葉月之寛

誰が言い出したのか、ちょっと記憶にない。
 その時のことだったのかも、曖昧だ。
 しかも「その時」みたいなことは1度目じゃなく、もう3度目だったし。
 *
 2002年11月、名古屋市昭和区八事ポップコーンで
 オープンマイク「詩のあるくちびる」がスタート
 2016年9月11日 日曜 午後3時
 早々に酔っ払って俺は西東京の街を見てる
 秋の気配で街が移ろいを見せはじめるその時には
 一足先にサヨナラしてる
 グッドバイ、グッドバイ
 騙されるより先に目を瞑って
 たぶらかされるより早くキスをして
 ビール飲もうよ、チーズを齧ろう
 ビール、チーズ、
 ブルース
 ブルース
 *
 2016年9月14日水曜日、僕は三原千尋が主催する名古屋市は八事ポップコーンのオープンマイク「詩のあるからだ」で
この詩を読んでいた。たぶん。
 この日僕は、しばらくここには来れなくなるだろうことをみんなに伝えるつもりだった。
バタバタと本社に転勤が決まり、その前の日曜日に僕は東京に行って、来月から住む部屋を探して来たところだったのだ。
 実はさらにその一年前にも、仕事を変えた僕は多分しばらく来られなくなるだろうと伝えに来たことがあったから、
こっちの気持ち以上に何度もお別れをいうのは格好がつかなことのように感じていた。
 僕がそうやって再び「詩のある」に体を向け始めたのはちょうどその3年くらい前からで、
自分が初めたオープンマイクがこうやって長く引き継がれてきたお陰で、
僕は一時期辞めていたポエトリーをまた再び始めることが出来るようになっていたのだった。
けれど仕事を変えたことで足を遠のけざるをえなくなり、今度は東京に転勤になったのだから、
実際もう当面来られなくなるのは確実だった。
「ほうほう、たぶん、日本最長のオープンマイクイベントじゃないかっていうね」
 独特の節回しと柔らかな声質(と、多少変な言葉遣いと挙動)で、鈴木陽一/レモンくんがそんなことを言ったのはいつだっただろうか。少なくとも言い出したのはたぶん彼で間違いがなかったとは思う。
 時間を区切ることはいろんな効果を生み出す。時の流れを意識して、僕らは突然年老いたりもするし、やる気を増したり、センチメンタルになったりもする。
 そのうちにマスターもさりげなく誇らしげに日本最長かもつまてことを常連や縁があってポップコーンを訪れる人に伝えるようになっていた。それは僕にとっても少しだけ誇らしいことだった。ブリキのバッジのような勲章かもしれないけど。
 僕はこのオープンマイクの初代の主宰なので、ありがたいことに当時を知る人には未だに多少の印籠的効果を持っていてる。初めたときはまだ二十代。2000年より少し前から詩を書き始めて、「Verse-Verse」という詩の投稿サイトを運営し、一時期は「群青詩賞」という文学賞をネット上で組織して、詩壇なんぼじゃ、という野心を持って(表向きは丁寧に押さえつつも)意気がっていた。
 ただし今は、一秒ごとに未来を失ってゆくただのありふれた中年男子の一人にすぎない。未来が直線的に前方にあるだなんて、かつて誰が信じていたのだろうか? 人は誰も自分の未来を約束することはできないのだ。
「15周年記念イベントをやろう」
 この言い出しっぺは誰だっただろう。2016年9月14日の、僕が東京にゆく前のオープンマイクのことだったのかも曖昧だ(大体、オープンマイクでもライブでも僕はビールを好きなだけ飲むので全体的に記憶がぼんやりしている)。
 ただ、誰ともなく、そんな雰囲気になっていたのは確かだ。出来れば歴代の主催なんかも呼んだりして、十五年なんてキリの悪いのも気にせず、アニバーサリーをやるのだ。
 もちろん僕も「やろう」と言った。その時には帰ってくると約束して。
 それが今日。2017年11月11日土曜日。
 いつもと違う「詩のあるからだ」、15周年記念のデイ・イベント「元服」。
 印籠効果からか、今日はどうやらゲストアクトのトリを務めるらしい。
 久しぶりの名古屋には前日の夜に帰ってきていた。名駅の旧松坂屋跡に新しいビルが出来上がっていて、桜通口はまた一段と綺麗になった。名古屋随一の集客力で、東京に負けず人もとても多い。
 名駅は僕が前に勤めていた会社がある街で、夜な夜な飲み歩いた記憶がたくさんある。綺麗な店も美味しい店も汚い店もたくさん知ってる。長く過ごした仲間たちとまたここで楽しい夜を過ごせたら素敵だろうなと思った。それからこの街を出て行くことにした幾つかの理由を改めて思い出して、やっぱりここにいることは出来なかったとも感じた。それに時間はもう前に進んでいる。
 当日の朝は、随分と早く目を覚ました。雨が降ったあとだったが晴れていていっそう寒かった。それからステージに立つことを想像して、その心地良さを思った。ステージの上はいつも一人が許されるから好きだ。東京で単身赴任をしていて一人でいることも多い今だからそう感じるのかもしれない。詩のあるからだとという場所は、より肯定的に、けれどベタつかずにそれを受け入れてくれる場所だ。
 それから少し昔のエントリーシートを引っ張り出して眺めた。ほとんど毎回15人くらいはエントリする盛況っぷりに、懐かしい名前をいくつも見つける。
 昼前くらいに最寄りの駅から名鉄に乗って、堀田という駅で降りて、そこから少し歩いて地下鉄名城線の同じく「堀田」駅へ向かう。それはいつもポップコーンのオープンマイクを終えて僕が帰っていた道をそのまま逆に辿る道筋で、フィルムを逆回しにするみたいに上手に記憶を辿ることができる。
 ポップコーンに着く前に、そもそもその店とマスターを僕に紹介してくれたのは、僕が一番初めに自分の詩を投稿した「なかない猫」の管理人のえのうい(榎本初)さんだったことをふと思い出す。そういう大事なことをついつい忘れていてしまうことは自分の薄情さの一端だと知っているので、ツイッターで丁寧に呟いて罪悪感を少し噛み砕く。
 初めの頃は自作の詩を投稿して、感想がつくのがとても嬉しかった。知らない誰かから何かの感想が欲しくて夢中で詩を書いては投稿していた。きっとそんな人はたくさんいたのではないだろうか。
 「なかない猫」は、静かに音楽が流れる落ち着いた詩の投稿サイトで、楷書体の文字が綺麗な掲示板を持っていて、丁寧で真摯な感想のつく場所だった。掲示板の管理人のスタイルを、僕はえのういさんから自然と学んだ。彼は司法試験の勉強をしていてフタを開けると実は大学の先輩でウイスキーが好きで酒が強かった。目を細めると猫のような顔になった。「なかない猫」がなければ、僕はポップコーンのマスターと出会っていなかったし、こんな風に詩を読んだり、ましてや書くようにならなかったかもしれない。とても感謝している。
 地下鉄をおりて店に到着したとき、まずポップコーンの大きな看板が少し場所を変えて掛かっていることに気づき、写真に1枚納めた。
 実は昔は通りに面した1階にあったこの店は今は同じビルの2階に移動していたが、最近はいつも夜にしか来なかったせいか看板がまだ残っていることに気づかなかった。
 1階の通り沿いはガラス張りになっているので、中を覗くとちょうどカウンターの端っこでマスターが食事をしていて、目があったので笑顔で頭を下げる。
 マスターはその古い3階建てのビルのオーナーでもあって、1階は人にもう店を任せているけど、自分の店よろしく出入りしているのだと思う。中日ドラゴンズと名古屋グランパスの応援団にも入っていて、チケットが余っているとこっそりくれたりもしたものだった。体を悪くしていた時期もあったから、元気そうで少しホッとする。
 紹介してもらった当時のポップコーンは、週末にはジャズの生バンドなんかを呼んで賑わうライブカフェで、通りからカウンターを通路にして店の奥が広くなっている作りで、その奥の飲食スペースにピアノや設備が置いてあった。
 その頃のオープンマイクと言えば、東京の高田馬場にあったBen's cafeのオープンマイクが一番有名だったと思うが、そこにも何度か足を運んでいた僕は、名古屋にもポエトリーリーディングの聖地のような場所が作れればなどと思ってた。開催されている会も少しはあったけど、もっとオープンで、フラットで、飲食も出来てアルコールが提供出来る場所が良かった。八事は周辺には大学も多い文教地区で、店は駅から徒歩1分の好立地、ちゃんとしたカフェバーで、ガラス張りのせいで通りから店の奥も見える。えのういさんと二人で初めてそこに行った時、すごく理想的な場所だと思えて、心が踊ったものだった。
 その出会いから程なくした2002年10月に、僕は「詩のあるくちびる」をスタートさせたのだ。
 店の2階に上がると、すでに現主宰の三原千尋と若原光彦の二人が来ていた。
 三原千尋とはUPSでもPSJの全国大会でも最近結構顔を合わせているから、対して懐かしくはないしそれなりに有名なわけだから詳しい説明は割愛しよう。笑。
 若原三彦とは多分4年ぶりくらいだ。彼も元はネット詩族。今池TOKUZOで桑原滝弥さんが企画していた詩の朗読イベント「PO-E-DA-SHI」でも何度か顔を合わせているし、初期の名古屋朗読シーンからいた人であり、3代目主宰としてこのイベントを一番長く受け持っていた人間でもある。頬がこけて目の周り落ち窪んで眼光が鋭くてヒゲが濃くて恐ろしく強い天パを長髪に伸ばして、多分ここ3年間くらいの間はチベットの山奥で悟りのための修行をしていたのだと思う。僕は、彼のことを知っているようで全然知らない気がしている。ステージ上で空蝉を脱いで顔を出すのは修羅か菩薩か。今回呼べた歴代主催のうちの僕以外の一人。楽しみが増す。
 オープンまで、あと小一時間くらいあったので、今はポップコーンではない1階の店に行ってランチを食べた。日替わり定食でトンカツに刺身の小鉢がついて800円。安くて旨い。それより感動的だったのは、店の内装がほとんど変わってなかったこと。テーブルや椅子も当時のものをそのまま使っていて懐かしかった。つくづく、今日って日は。と思う。
 ご飯を食べ終わってポップコーンに戻ると、鈴木陽一レモン、江藤莅夏と東京から三木悠莉一家がすでに到着していた。しばし再会を喜ぶ。
 チケットを1枚切って少しビールを飲んで、まだ時間があったのでソファで少し目を瞑る。その間に青流星ゆうこちゃんがこれも一家で到着。僕もそうだけど、十五年もあると人は家族を作ってちゃんとしてしまうこともあるのだ。最後に着いたのがういちゃん。ちょっと調子が悪そうに見えるが、いよいよ開場。
 懐かしい顔がお客様としてぼちぼち到着してくる。
 今日のタイムテーブルはこんな感じ。もちろんオープンマイクあり。
・司会進行:三原千尋
・一部ゲスト 三原千尋、青流星ゆうこ、自爆ポエトリー/うい
 ・オープンマイク しょーや、チャリー・ホッパー、飛田奈津、トメキチ(コメント:若原光彦)
・二部ゲスト 江藤莅夏、鈴木陽一レモン
 ・オープンマイク 翡翠、yae、五十嵐(コメント:葉月之寛)
・三部ゲスト 三木悠莉、若原光彦、葉月之寛
 ・オープンマイク 三尾佳樹
※敬称略、出演順。
以下、感想。
(一部ゲスト)
 三原千尋。今日も丁寧なパフォーマンス。独特で、オリジナルだ。歴代の主宰の中でも、彼女がいちばんカラフル。とんがってもいる。でもそのトンガリの先っぽは丸くもあったりして、するすると糸を垂らしても最後は肌の上をくるぐる。表面しか見られない視力の弱い人には、彼女の詩は見えて来ないだろう。そして今日はいろんなプレッシャーもあったせいか、一番手でやった後はどんどんビールを飲んで、久しぶりに宴会部長キャラになってしまってそれが逆に嬉しい。もっと弾けてしまっても別にいいのにね。
 青流星ゆうこ。今まで見た中で今日が一番よかった。旦那さんのギターと、超のつく小さなイケメン息子を連れて(彼は、本当に本当に可愛い。青流星さんもイケメンな顔をしているから似たのだろう)、間にバックナンバーの曲を旦那のギターで歌って挟みながら自分の詩を読んだ。彼女の詩はどちらかといえばポエムっぽくて、感情や希望を直裁的にうたうのだけど、今日の朗読は説得力が全然違って、気持ちが動かされた。それは多分、彼女が家族を持ったり母になったりして、毎日を正しく生活しているからなのだろう。体に満ちている愛情って、実はそれが本物ならとても目に見えやすいものなんだ。
 自爆ポエトリー/うい。今日の詩は、三原千尋の詩を含めた3つ。ういちゃんは、パフォーマンス的に天才なのと、それからちょろっとやるこういうのがセンスが良くて参る。リアルポエト。自分の気持ちの中に針を差し込んでゆくような詩句の伸ばしようにとてもスリルがある。僕が昔やってたブログの「はずきっく」みたいだ。でもあれは僕はもうやれないかもしれない。そういう身を削るような種類の鋭さや真実を求める姿勢を彼女は素で持っている。今日は体調が悪くなって途中で帰ってしまったけど、また遊びたい。
(オープンマイク前半)
 全員レビューします。しょーやさん、オチをちゃんとつけられるのが好きで、それを感覚で結構やっているというから驚いた。チャーリーさん、その紙芝居は無敵。絵の色使いは本当に心象とか波動を感じさせて、それを独特のシナリオや設定や言葉で削り出していて面白い。一番笑った。飛田さん、三原千尋の詩。ういちゃんの三原は、とっても動を捉えてた。彼女の三原は、リアルな女優だった。トメキチさん、志人のカバー。歌えるギタリストのギターが歌にシンクロするみたいに、フロウに共鳴する歌。スキルフルなのもっと見たい。
 とここまでが前半でしたが、補足したいのは前半のコメンテーターをした若原光彦のコメントが異常に本気で鋭くて、後半をやった僕は流石にちょっと焦りました。でもバランス的に、彼と僕でオープンマイク開催したら色々と面白いかもね。とか正直思ったりした。
(二部ゲスト)
 江藤莅夏。僕が彼女を初めて見たのは、それこそ15年以上前の三重県の津祭りでの朗読イベント。そこに桑原さんに詩人として呼ばれて行って、灼熱の夏のアスファルトの上のステージで僕らは詩を読んだのだった。今日はセトリによりオープンマイク感があって、普段読まないようなものを読んでくれた。猫の作品が好きだった。彼女の詩はとても造形的で心象的。暗示めいているが暗示よりはイメージに寄っているけど、絵ではなくて、全体が映像で、声や自然の音がする。それが今日の絵本として書いた作品の中でより立体感を持って聞こえた。この彼女のような立体感のある朗読をする人は、他に僕は知らない。それに、ずっとそうやってスタイルを貫いてやっている。焼酎とか日本酒をいつも飲んでいる。だから彼女は僕が時折ねぇさんと呼ぶたった一人の人である。(なお、姫と呼ぶのは生涯、姫ひょっとこ一人である)
 二部の最後は、鈴木陽一レモン。今日の一つのハイライトだっただろう。真夜中の少年は、今日は久しぶりに極めて「詩人」鈴木陽一レモンだった。彼はいま多分、そういうことなのだろう。多く語る必要はない。自分の体や声をフィルタにして、その場の感情をすくい上げる人。まるで巫女みたいだ。勝手な感想だけど、この後の彼のポエトリーのライブは、ぜひ追ってみたら楽しいのではないか。(1/14に京都で浮む瀬企画のライブに出るから、近隣の方はぜひ。
(オープンマイク後半)
 後半。一番手、翡翠ちゃん、ごく久しぶりらしい。思うことを生々しくマイクの前で語るのは本当に勇気のいること。詩の方がよっぽど楽かもしれないし、相変わらずで嬉しい。あとキャバ嬢設定で遊んでくれてくれてありがとう、冷や汗かいたけど楽しかった。yaeさん、彼女は声と物語のギャップ。声がちょうど狡いラインで、あとのあざとい計算が、逆に清々しくて良いと思うし、潔いことしているんじゃないか。五十嵐さん、短くて男らしい。初めはそういう風に僕も書いていたし、みんな初めはそうなんじゃないだろうか。主題を決めて、それをバチっとやりきるということ。
(三部ゲスト)
 はじめに三木悠莉がPSJ全国大会優勝者の看板を提げて登場。実は彼女は僕がこのシーンに戻ってくる当初にすごく影響を受けた詩人で、名古屋にも縁があって親交も深い。ここ最近の彼女はかなり乗っているみたいで、朗読のツヤがまるで違う。今日の朗読は少し落ち着いていたが、それが逆に女王的な貫禄を感じさせた。彼女の音楽的で破廉恥なポエトリーを、復帰してすぐの僕が御器所なんやや大阪マギーで目撃できたことが、僕の可能性と興味を広げてくれた。しかしむしろ、今同じエリアに住んでいてラーメン情報をいつもくれるけど、南阿佐ヶ谷の「一笑」を教えてもらったことに僕は一生感謝したい。下手な韻ではない。一番大事なことの一つだ。そしていま僕はその店の「ブラベジ」を食べて新しい感動を覚えているところだ。積み重ねたものは決して自分を裏切らない。
 二番手、若原光彦。彼は今日イチヤバかった。健全な体には健全な精神しか宿らないというが、風貌通りやり方がイっている。イっているが、それがポピュラーを求めた結果だからなおさらで、結構幅広い人に分かっちゃうのである。僕は詩にそんなに明確に主題を盛り込めない。彼はやはり天才かもしれない。
ゲストの最後は、葉月之寛。新作3編と、東京でしか読んでいない1編。
(オープンマイク番外)
 オープンマイクに遅れてきた三尾さんが特別枠で最後に回る三原千尋のはからい。彼もまた、個性的な詩人だ。社会性はあるけど、そこには落とさない。拾い方が違う。アイロニカル、藍色に光る(by三木悠莉)、とかと同じさ。初めて詩のあるで朗読したのは僕の代だったが、その時の僕のコメントで自分のような詩も読んでいいのだと思えて安心した、とコメントしてくれる。何を言ったのか、僕は当然覚えてなくて恐縮すぎる。
 正直、もっとたくさん集まってくれたら嬉しかったけど、僕も今はそんなに大して集客力ないし、イベントなんて、賑わう時もあれば廃る時もある。一喜一憂してたらやれない。これは、三原千尋から聞いた江藤莅夏の栄枯盛衰についてのまた聞き。名古屋のシーンに相当長くいる彼女の言葉には、説得力がある。
 人数は少なかったけど、今日のポエトリーは、みんなそれぞれにみなぎっていたし、自然体で、でもやろう、という雰囲気があった。良いイベントだったと思う。
 僕自身について少し語る場をいただくとしたら、今日このイベントに立つに当たって、僕はいろんなことを思い出していました。イベントだし、15周年なんだから、昔を振り返りながら読もうかなとかも考えたけど、結果として決めたのは、いつも通り僕は「今」を読もうと。どんなすごいテキストがあっても、そこに今の感情がなければ、どれだけ上手にやっても意味はないし、伝えることはできない。僕が何を読むかは、そうやって決めようと。だから江藤ねぇさんに隣から「期待しとるで」とあからさまなプレッシャーをかけられても(笑)、自分にできることは何もかわらない。今までの自分自身だけ連れて、ステージに立つことが出来るだけだ。
 朗読のためにEvernoteに書きためた詩のタイトルをずらりと眺めていると、いつの間にか中断の前に書いていた詩よりもよっぽど多くの詩がそこにあることに気が付いていた。僕は中断してキャリアを途絶えさせていたわけじゃなくて、今まさに始まっていたのだと、今は思える。
 *
 ぼくが消えて
 きみが消えて
 ひとつめの炎が見えなくなったら
 もうぼくらのまわりも真っ暗で
 *
でも、そうではなかった。
僕の朗読は、間違いなくただのブリキのバッジだと思う。
もう「Verse-Verge」の主宰ではないし、オープンマイクの主宰でもない。
その間、オープンマイク以外のライブはさほど経験してないし、スラムの経験も実績も大してない。
音楽的背景も、演技の下地も、ルーツもない。声は多少はまともだけど滑舌はなかなかに悪いくてマ行の発音がすごく下手だ。
僕程度のパフォーマンスは、その気になればみんな簡単に超えて行けるだろう。
けれども、だ。
 *
 誰がいなくっても
 道は
 ある
 ステージに立てばわかる
 読んでも
 読まなくても
 この場所はあった
 つまらない調子の
 ふざけた詩だって
 だれの顔色も気にせず響いてた
 ステージに立てばわかる
 ぼくは
 きみと
 同じ十五年を
 過ごしたんだ
 ここで
 同じ十五年を
 過ごしたんだ
 *
 素晴らしい素養に恵まれた人が、どのくらいこの世の中にいるだろうか。
 適切な努力をして花を開かせることのできる人だって、ごくわずかしかいない。
 スターは好きさ。きらきらしていることは素晴らしいことだ。
 そういう人たちが放つ輝きや、切実さや、悲しみや、愛とかを感じていた。
 でも、みんなそんなことを上手に表現するどころか、感じたことを細やかに受け取るのにすら苦労するもんだ。
 だから僕は、そういうありのまま自分をベースに、背伸びして朗読を続けたいと思う。
 今や、夢や、伝えにくいこと、理解されないかもしれないこと、身勝手なことを声に出して読みたい。
 救いだとかそんな大げさなことは言わない。たくさんの理解があるとも思わない。
 ただ、一人の気のおけない友達のように、僕のための場所が、誰かのためのステージが、そこにあるだけだ。
 僕はそんなあなたの一人になりたいと思う。
 僕は不器用な一人のあなたであって、50になっても、60になっても、80、90までも、一生、自分の今を読み続けたいと今、思っている。
 これからも読めない時もあるだろう。それでも「詩のある」は続いたし、僕が読めない時も世界は動いていてくれた。
 いつ辞めても良いし、いつ戻っても良い。数も関係ない。その気になりさえすれば、僕たちはいつでも詩が読めるし、理解し合う必要すらないんだ。
 そしてここで出会えば、それまでに過ごした経験も年月も、みんな一つのものになる。
 みなさん、「詩のあるからだ」で、また会いましょう。
(葉月之寛)